京都地方裁判所 昭和50年(ヨ)837号 決定 1976年1月22日
申請人 井上安嗣
被申請人 日本電信電話公社
訴訟代理人 淵上勤 宗宮英俊 西村省三 棚橋満雄 鳴海雅美 ほか四名
主文
被申請人は申請人を被申請人の社員として仮に取り扱い、申請人に対し昭和五〇年一〇月四日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り一ケ月金一一万円宛を仮に支払え。
理由
一 本件で当事者双方より提出された疎明資料によると、左の事実が疎明される。
(一) 申請人は、昭和四〇年四月、被申請人公社に入社し、昭和四四年一〇月より、京都西山電報電話局業務課(現在営業課)に配属され、勤務していたものであるが、入社後全国電気通信労働組合(通称全電通)に加盟し、昭和四五年一〇月から三ケ年間、西山分会執行委員を、昭和四八年一〇月から二ケ年間、同分会営業課職場委員を担当していた。
(二) 西山局ではこれまで同分会員と西山局当局との間に労働条件につき種々の合意を見ていたが、特に申請人の属する営業課では、申請人らと当時の安田営業課長との間で、昭和四八年一二月頃二六項目にわたる合意が文書により成立していた。ところが被申請人(京都都市管理部)はこれら合意は正規の団体交渉において取り決められた労使間の合意ではないとして、昭和四九年三月西山分会に対し破棄を通告した。昭和四九年二月八日営業課長として大西正一が赴任して来たが、同人に対し職場慣行等を主張して種々の労働条件に関する申入れをする申請人と同人との間に、次第に緊張状態が生ずるに至つた。
(三) 昭和五〇年九月一八日午前九時二〇分頃、申請人は、西山局営業課の自席にいた大西正一に対し、同人が同月一七、一八日の京都電信電話会館への出張に関して、事前に職場委員に言わなかつたとして「西山局の慣行を知らんのか」と大声で抗議し、大西が右出張の内容及びすでに申請人にも連絡ずみである旨説明したが、「この頃課長独断でやつていることが多いが、今後は出張はやらせない。」などと放言し、更に同日午前一一時頃同営業課事務室において窓口に来客があつたところ、申請人は応接セツトで先客と応対していた上司である大西課長に対し大声で、「大西、大西」と呼びすてにし、窓口に行くよう促した。窓口の客に対しては米林係長が応待したが、同日午後二時三〇分過ぎ、大西は申請人の席に来てさきの言動を注意したところ、申請人は「お前とは話をせん。」と言つたので、大西が「お前とは何ですか」と言つた。すると申請人はいきなり大西の左頬を殴り、更にそのはずみで同人の胸部を押し、ボテ箱に転倒させた。その結果大西に全治三週間の通院加療を要する口唇部裂創、臀部打撲症の傷害を与えた。
(四) 申請人の昭和五〇年九月一八日午前一一時頃以降の右一連の行為は、被申請人の就業規則中の懲戒事由である第五九条一号、三号、七号、八号、一八号(同規則第五条八項違反)に該当する。右就業規則上懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の四種がある。
(五) 被申請人の近畿電気通信局長は「申請人は、昭和五〇年九月一八日京都西山電報電話局営業課事務室において勤務中、来客と応待していた営業課長に対して大声で姓を呼びすてにし、後刻その行為を諭した同課長の左頬を殴り胸部を押して転倒させ傷害を与える暴行をはたらいた。これらのことは就業規則第五九条一号、三号、七号、八号、一八号に該当し、その情極めて重く、公社職員としてはなはだ不都合である。」との理由を以て昭和五〇年一〇月三日日本電信電話公社法第三三条により免職し、同月四日その旨申請人に告知した。(ただしこの処分に関し、申請人の弁解を聴取した形跡はない。)
(六) 大西正夫の受傷は全治三週間の通院加療を要し、軽傷とは言えないが、その主傷である臀部打撲症は、たまたま足許にボテ箱があつてこれに転倒したためであり、偶然の要素が強く、直接の打撃によるものではない。
(七) 昭和四七年三月以降昭和五〇年六月までの間に被申請人がした懲戒処分例によると、懲戒免職に付したのは、窃盗、臀職等犯状が重く、被処分者において弁解の余地はないと認められる事案で、単純な暴行傷害の事案につき免職とした例はない。かつ、申請人にはこれまで処分歴はない。
(八) 昭和五〇年九月二二日申請人は全電通京都支部書記長より「謝るつもりはあるか。」と言われ、否定的な返事をしたが、これは従来のいきさつからにわかに謝罪の言葉を口に出し得なかつたことと、まさか免職処分のような重大な結果になろうとは予想していなかつたからであり、暴行傷害の行為を働いたこと自体に対しては悔悟している。
(九) 申請人は解雇時基本給金一〇万九、七〇〇円、暫定手当等金二、一〇〇円、合計金一一万一、八〇〇円の賃金を得ていたものであり(この点当事者間に争いがない。)、これによつて生活をしていたものであつて、今回の処分によつてこの収入が断たれるとともに、現在居住の公社寮も立退きを迫られている。
二 以上の事実によれば、被申請人が本件免職処分の理由として掲げた非違行為は、客観的事実と大略合致し相当であるが、右一の(六)ないし(八)の事実を考慮するとき、これを懲戒するに最も重い処分である免職処分を以てするのは苛酷に過ぎ、結局解雇権の濫用として無効である、と判断せざるを得ない。申請人は主文掲記どおりの仮処分決定を求めているが被保全請求権のあることは右のとおりであり、保全の必要性のあることも前記一の(九)の事実により明らかである。よつて申請人の本件申請は理由があるからこれを認容し、主文のとおり決定する。
(裁判官 野田栄一 大渕武男 安原清蔵)